『有名大学をでても無意味』なんて当たり前
この手の話題はいつもニュースになってますよね…。所詮は『肩書き』に過ぎません。結局は、新しい環境で必死に、もがいて、努力をできるかどうかにつきます。確かに、学歴と言うのはある時点までの努力量をはかる指標にはなります。しかし、それは『これからの努力量』と必ずしもイコールにはなりません。手に入れたものに満足したのか、新しい環境に慣れないのか、圧倒的な力を見せつけられて自信を無くしたのか、様々な理由で『努力できなくなる』のはよくあることです。
それにしても、日本人はほんとに学歴の話が好きである
ま、自分もそのうちの一人なのでこういった話題にとびつくのでありますが…。そもそも、『学歴』だけがやり玉に挙がるのがおかしな話なわけです。持っているだけでは意味がない、なんてのはどんな世界でも同じ。プロのスポーツ選手だって、なっただけでは意味がありません。新しい環境でさらに頑張るのみ。お金だって、手に入れただけではただの紙切れです。使い方次第で人生はよい方にも悪い方にも転びます。医者になったとしても、常に勉強しなければならず、有名企業に入ったとしてもさらにその中でもがくなんてことは当たり前なのです。なんでこう、『学歴』だけ騒がれるのでしょうか。
学生諸君。だからと言って、『勉強する必要はない』なんてことにはならない。
ホント、たかだかお勉強なわけです。やっただけ返ってくるのは保障されてるわけですし、やる以外の選択肢はないでしょう。特に進学校という場所を選んだ生徒は、あーだこーだ言わずに腰を据えて勉強するしかないのです。その環境を選んだのは自分自身。きっちりやる。その結果、『有名大学』でもそうじゃなくても、自分の能力を最大化できているのであれば時間を費やしたかいもあるというものです。
